「あの地獄は死ぬまで忘れられない」消防団員ら60人犠牲になった“繁藤災害”から52年 高知県香美市で慰霊祭

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  • Опубликовано: 4 июл 2024
  • 集中豪雨による土砂崩れで60人が亡くなった高知県香美市の繁藤災害から5日で52年です。現地では慰霊祭が開かれ、遺族や地域の消防団員らが犠牲者の冥福を祈りました。
    昭和47年、1972年7月5日の午前10時55分、高知県香美市土佐山田町繁藤では、前日からの集中豪雨で10万立方メートルにも及ぶ土砂が崩れ、住宅や列車、人々をのみ込みました。別の団員の救助活動にあたっていた消防団員や住民が巻き込まれ、60人の尊い命が失われました。
    慰霊祭は7月5日に毎年執り行われていて、2024年も遺族や地元の消防団員らが玉ぐしをささげ犠牲者たちの冥福を祈りました。
    災害発生当時、地区の私設消防団の団長だったという西岡さんは、現在85歳。52年たった今も、当時の状況を忘れることはないといいます。
    (西岡統一さん)
    「あの地獄のような光景は、私が生涯を終えるまで忘れられない」
    (9歳の時に父を亡くす 繁藤災害遺族会 佐藤栄治 会長)
    「52年前に父親が亡くなって、おやじがいたらどうなったんだんだろうと思うことがありますので、私が親となって子どもができた時に、子どもには色んなことをやってやりたいなという思いがすごくありましたので、それは実践しています。今は孫もできて、子どもたちもそういう思いは伝えていってくれているのかなと思います」
    多くの犠牲者を出した災害から52年。記憶は語り継がれ、次の世代への教訓として生き続けています。

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